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  • 2025.11.28
  • 特集

燕から考える「ラーメン屋の持続可能性」

「1杯1,000円の壁」というのは、ラーメン屋さんが1杯のラーメンを値付けする時の一つの考え方の表現である。原価高騰や人手不足の影響で、今日本中のラーメン店はこれまで通りの仕組みでは経営できなくなってきているところも多いのが事実。私たち消費者にとって、今やご馳走であるラーメンを安くいただけるのはありがたい話であるが、その一方の供給者サイドはどうだろうか。私たち道具屋が寄り添うべき視点はどこにあるのか、そのヒントを麺’s冨志の森山さんと探り、持続可能なラーメン屋のあり方を探ります。

森山史朗さん:燕市富永のラーメン店「麺’s冨志」代表。ラーメン店主にして地域の食、観光、農業、工業界などとも連携して燕に新しい価値を生み出し続けている。スリースノーコラムインタビュー第一弾「プロの調理人が教える効果的なザルの使い方」以来2回目のインタビュー。冨志さんではスリースノーの道具もたくさん使われている。

聞き手:山後隼人(新越ワークス スリースノー事業部)

史朗さんは、今、何をしているのか?ラーメン屋だけではない顔

山後「ラーメン屋を経営する傍ら、様々な顔を持つ森山さんですが今どんな取り組みをされているのでしょうか?改めて教えてください」

森山史朗(以下、森山)「色々ありますが、主なところとして同業であるラーメン店の知り合いやこれからラーメン店を立ち上げたい人に向けての技術アドバイス。燕市だけでなく市外・新潟県内のお店からも求められることがあり、これまで何件もやってきましたね。Youtubeチャンネル「ボンソワールTV」の企画もその一つでした」

麺’s 冨志 森山代表

山後「同業のラーメン屋さんへのアドバイスというと具体的にはどんな内容があるのでしょう?」

森山「ラーメン屋のあるあるなんだけど、自分が修行したり働いていてラーメン作りは経験していても店作りをやったことがある経験は非常に稀で、独立して新しい環境で自分でラーメンを作ってみたら思っていたのと違うものができてしまったというケースが大いにある。例えば火力。これまでのお店の設備で煮込みをしていたものを、新しい店舗で同じく煮込むと、実は火力(カロリー数)も変わっていることがある。本当は6時間で切り上げてちょうどいいところを同じ時間煮込んでしまって酸化し風味が変わる、なんていうケースも。その時の店主というのはスープのことだけではなくてオープンに向けて膨大な決め事やタスクを処理していかなければならない状況なので、パニックに陥りやすい状態なんだよね。そんな時にヘルプが必要になるわけ。笑」

山後「レシピを確立してもオペレーションの構造的な課題が残りがちということなのでしょうか」

森山「そうだね。開業前の店で働いていても全部を一からやったことがあるという経験は非常に稀だと思う。やったことないオペレーションは他の人がやっていたことを「見ていたからわかる」という理解になっていることが多い気がするね。自分で実際やるとその通りにはならずに「あれ、思ってたのと違う」ってなる。そして解決のための策がないので手詰まりになる。それが開業時の「困った」という声になっていることが多い」

山後「例えばチェーン店で働いていた方とかがそのケースに当てはまりそうですよね」

森山「そうそう、陥っているケースが多いね。思っていたのと違う、と気づいた時には担当としてそこで得た経験と視点を持っているわけではない。仕組み化されていた前職で課題への気づきとその解決法を導けないケースが大いにあるんだよね」

「供給する」観光とラーメン屋

山後「同じ地域のお店とも連携を深めている史朗さんですが、「地域」に視点を当てたとき、観光という要素もラーメン店にとっては関わり深いところだと思いますが、どうでしょうか」

麺’s冨志の外観 国道116号線近く、燕市・富永に構える店内からは弥彦山を臨むことができる

森山「燕市の観光で言えば、例えば「杭州飯店」さんを筆頭に観光のコンテンツがあって、それを取り巻くようにタッチポイントを増やしていくという考え方もできます。ただそれだけだと限界もあると感じています。視点を変えると、この産地は農家もいて工業も集積していて物流もある。そしたら「呼ぶ」観光ではない戦略もあるのではと思います。それは「供給する」観光。この地域が生み出したものに触れたところから、それを生み出す地域や人に会いにいくという観光の仕方が燕市的には合っているような気がします」

山後「なるほど、そうするとコンテンツに触れてもらってから実際に足を運んでもらうまでの動線の作り方がとても大事になってきますね」

森山「新潟県自体が雪国なわけで、冬シーズンになる半年分くらいはどうしたって売り上げが作りづらい。今の「供給する」戦略でいくと、域外で商品を手にして体験して、興味を持ってもらうことが必要な訳だけど、これを作った人を見に行きたい、ここへ行きたいっていう本当に強い動機をどう作るかが一番大変なところ。燕三条地域には出張で訪れるお客さんも多くいらっしゃるからそこを切り口にしていくことが一つのやり方だと思っています」

山後「例えば何かしらメディアなりで人や地域のことが見えて、その人に会いたいっていう要素・動線が組まれていないとなかなかその強い動機づけを作ることは難しそうですよね」

森山「そうだね、それがないとダメだと思う。道具は特にどうやってそれを伝えるかすごく難しいと思っていて。ビジネスのお客さんはともかく一般の人は特にきっかけが掴みづらい。まず地域に来てもらうきっかけには大きなイベントごと、例えば長岡花火だったりが良い例で、来たついでにその地の店に寄るとかはあると思いますね。そのためには新潟県全体での広域的な観光の仕組みを生かすことがもう一つの考え方、観光の大筋だと思います。この2軸をうまく活用できたら良いと思いますね」

厨房設備の「正解」

山後「さて、次に日々の調理工程について伺いたいと思います。圧力寸胴鍋を使い始めていますが、使うようになってからどう変わりましたか?」

森山「自分もこれまで10時間ほどスープを炊いていて、途方もなく時間がかかっていた作業が2時間に短縮した。1/5。これは革命的な変化だよね。濃厚系のスープを作りたい人は自然と時間も長時間になる。白湯(パイタン)系は向いていると思う。清湯(チンタン)系も向いているけど、白湯の方が効果が出る商品だと思っています」

山後「すごい短縮ですね。具体的にどんなユーザーさんのお悩みに効果があるのか教えていただけますか? 」

麺’s 冨志が導入している圧力寸胴鍋 スープを炊く工程の圧倒的な時短が可能になった

森山「多店舗やっているところは導入効果高いね。現場での作業もなくなる上にセントラルキッチンで使う方も時間も短縮できるし、濃縮で作れるから梱包材も小さくなる。運搬量も少なくなるわけだから、いいこと尽くめです」

山後「なるほど、たくさんスープを作るユーザーには向いている機械ということですね。我々の道具(てぼや平ザル)でも、ラーメン店のオペレーションの特性ごとに向き不向きがあるように、道具の「正解」はユーザーさんそれぞれにありそうですよね」

森山「そうだね。昔は道具屋とラーメン屋は仲が悪かった一面もある。店側の正解とメーカー側の正解の認識が食い違えば話がすり合わないよね。「お前に何がわかるんだ」って思われている人だっていると思う。笑」

山後「思い出したそのセリフ(笑)」

森山「メーカーとしては当然、自分たちが想像した使い方を紹介・セールスするのだろうけど、例えばてぼだって「たかが麺が茹でられるザル」じゃない。どう使うかがわかってないのなら推しポイントを強化してもかえってマイナスになるケースだってあると思う。道具の使い方をつくり手側からの目線で説くだけでは本当に使いやすい道具に行きつかないと思う」

お客さんと会話する動線

山後「史朗さんのお店、客席側から見て厨房への出入り口が2つありますよね。これはこだわりのポイントですか?」

森山「そうだね。あまり他の厨房では見ないかもだけど、忙しかったりお客さんところに自分が行ったりする時に調理したものを自らそのまま持っていきつつ、同時にホールスタッフが別の出入り口から動ける動線にしてある」

山後「なるほど、このお店のオペレーション・動線で行くと調理人とサービススタッフとで区分がないということになりますね」

森山「自分がお客さんのところに喋りに行くこともあるし(笑)、うちは特殊だと思う。自分の仲間も店に来てくれるし、こちらが話しかけに行くこともよくある」

山後「店主が客席に出ていくシーンがたくさんある。以前のインタビューで暁天さんも言ってたんですよ。お店の中で、お客さんといかに喋るかも大切だと。通じるものがありますね」

森山「自分もそれはすごく大事にしているね。それが自分のスタイルだと思っているよ。その動きをするということは、他のスタッフの動きも多様化して大変になるけど、なんでもできるようには育ってくれる。笑」

ラーメン屋の持続可能性のヒント

山後「今回のお話で、考えてみたかったテーマが「ラーメン屋さんがいかに長く働き続けられるか」という点。厨房の環境をいかに改善するかが大切な気がしています」

森山「そうなんだよね。店内を俯瞰で見た時のバランスは見極める必要がある。お店の改善というのは客席の環境だけではない。ついつい厨房のことは二の次に考えられがちなんだけど、きちんと必要なフェーズでそこと向き合っていくことは必要だよね。食材の管理一つとってもいかに厨房の環境を整えるかと密接に関わってくる」

山後「細かく管理していくことが大事なんですね」

森山「そうだね。全てがわかりやすい変化や反応として見えるわけでもないからこそ、常にアンテナを張って気づきを得るようにしています」

山後「ラーメン屋さんが長く続けられるために、お店の人の「働く環境」、お客さんから見えにくい負担を軽減する、気持ちよくするという、そのソリューションがますます重要になってくると思っています。そう考えると、まだまだ道具屋ができることはいっぱいあるんでしょうね」

森山「いっぱいあるよね。今、スリースノーが開発を進めている「スープチラー」もまさにそれだけど可能性がラーメン屋だけじゃない広がりをしてくると思う。現在進行形で色々な課題が出てきているし、それに対する取り組みも広がっていけばどんどん現場も進化していくだろうと思っています」

厨房の中にはたくさんの気づきがあり、働く人を想像するほどに見えない苦労が浮かび上がってきます。インタビューで掲載できない内容もたくさんありましたが、これは私たちの新しい挑戦として世の中のラーメン屋さんの役に立つべく、ものづくりに落とし込んでいきます。これからの動向にも是非ご注目ください。