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  • 2022.10.12
  • 特集

「ビールの伝導者」の挑戦 谷中ビアホール女将吉田さんを訪ねて③

東京 谷中という舞台

店内にてインタビューをしていると、観光客と思し召す浴衣を着た方々がお店に立ち寄られる姿を目にしました。谷中ビアホールが位置する谷中は台東区はじめ周辺エリアには、根津、千駄木、浅草があり、観光地として人気のスポットが点在しています。そして谷中は、古来からの伝統や文化を引き継ぎつつ、新たな文化の萌芽が見られる場所でもあります。新しくこの地を訪れる人の流れと、この地に根付く人たちの流れが日夜交錯しているのです。最終章では、そんな谷中での新しい挑戦についてのお話です。

吉田瞳さん
有限会社イノーバー・ジャパン代表取締役。東京都谷中にある昭和 13 年築の古民家「上野桜木あたり」にて、2015 年から「谷中ビアホール」を開店。常時8種類の生のクラフトビールが味わえるお店として、国内だけでなく国外からもファンが訪れる。スリースノーのフレーバーチューナーの共同開発者でもあり(共同開発ストーリーはこちら)、お店ではシーズンごとの食材を使ったオリジナルのフレーバービールが楽しめる。現在、女将としてお店に立ち続けながら、ビールの魅力を日々探求し発信している。

(※谷中ビアホール女将、吉田さんのヒストリーに迫った第一編。知られざるビールの仕組みやおいしさに迫った第二編はこちらからご覧ください)

※聞き手:山後隼人(新越ワークス スリースノー事業部)

一つとして同じビールはない

山後「吉田さんのお話を伺っていると、生産者側の視点で語ることが印象的で、ものづくりをしている私にとっては非常に共感する部分がありますね」
吉田「ありがとうございます。無論、お客さんにとっては共感できる部分と違う感想を持たれるところがありますが、私なりに感じている価値や情報をお伝えできればと心がけています」
山後「素敵ですね。前回のお話でも伺いましたがビールを醸造する過程で、産地の条件に着目されていましたね」
吉田「はい。川原湯温泉がビールの醸造に適した場所であることはお話した通りですが、ビールの醸造に必要な酵母はその土地の空気と共に仕上がるので、酵母の発酵が良い・悪いの結果も空気中の温度や湿度、気圧に影響されます。産地の条件が味に与える影響というものは少なからずあると思っています」
山後「なるほど。そうなれば年によって変わる条件下で醸造されるビールの味も多少なりとも変わりますよね」

吉田「そうですね。同じ谷中ビールにも幅があって、その幅の中で前回はこのくらいの位置、今回はこのくらいの位置の味が出た、みたいな感じですがどれも谷中ビール。そういったタイミングの違いによって生じる味の違いを楽しめるのもクラフトビールの魅力だと思います」
山後「なるほど。同じ材料と同じ分量で作っているはずなのに、その時にしか再現できないというのはリアルタイムの価値がありますよね」
吉田「そうなんです。以前は醸造の過程を見たことがなかったので、同じタンクで同じ要素で作っているのに、味がブレるのはなぜだろうと疑問に思っていました。自分の目で醸造の現場を見て、“なるほど!だからロットごとに味が違うのか”ということが理解できました」

生き物としてのビールに向き合う

山後「クラフトビールの魅力を語っていただきましたが、改めて味の幅があることの価値を思い知った気がします」
吉田「醸造過程でホップを投下するタイミングがあるんですが、投下タイミングが1 分違うだけで味が変わるんです。同じ原料を使っているので大きく変わるわけではないけれど、そういった製造者の手の違いで味に変化が出る。クラフトビールの醸造は幾らかは機械的に統制されるものでも最終的には人によって管理されるものが多いですので、大枠同じでも作った日によって仕上がりが変わるものだと思います」

山後「機械統制できる部分が大きければ仕上がりは安定しやすい。しかしながら、人の手や感覚によって製造されるものはタイミングごとに若干の変化が出やすいという性質は、我々の金属加工の製造にも通ずる部分ですね。品質が安定しやすい作り方と人の面影が感じられやすい作り方という違いと言えるでしょうか」
吉田「そうかもしれませんね。私たちはその日その日で出てくるビールにも説明をつけてもいいなと思っています。今日はこういう気分で作りました、みたいな」
山後「それは面白いです!」

吉田「とてもハッピーな気持ちで作りました!とかあると面白そうですよね(笑)品質を統制する方向に考えると私たちでは難しい部分が出てくるかもしれませんが、『対生き物』で考えるときには味の違いも私たちの可能性として考えてみても良いと思っています」
山後「素晴らしい考え方だと思います」
吉田「この谷中ビアホールも限られたスペースの中で、限られた接客をするのが私たちの仕事の条件みたいなものです。そこにビールがあって、その中でいかにお客さんに楽しんでいただけるか。お客さんとの生のコミュニケーションは固定的ではなく、ライブ感を伴って変化があるからこそ、接客も変化に応じていきます」
山後「なるほど」
吉田「限られた条件の中で、どうお客さんに喜んでもらえるかを考えるという点では、接客もビール作りもさほど離れたものではないと思っています。同じ考え方で向き合わせてもらっているような感じですね」

谷中ビアホールは「ビールを飲む」場所

山後「このコロナ禍の期間中、インスタグラムなどでの発信を拝見していましたが、谷中ビアホールは『谷中ビールを飲むためのお店』であるという発信をされていましたね。とても印象的な投稿でした」
吉田「ありがとうございます。このコロナ禍ではランチのお客様に支えていただいたりビールが飲めなくても来れることを喜んでくださるお客様もいらっしゃったので、賛否両論とても迷った部分もありました。でも谷中ビアホールは何屋さんだったのだろうかという本来の目的を深掘りしたときに、『谷中ビールはここでしか飲めない』からこそ私は悩んでいるんだという結論に行きつきました」
山後「とても素敵です。コロナ禍だからこそ見つめ直すことができたんですね」
吉田「そうなんです。だからこそ『谷中ビールを飲みたい』と思ってくださるお客様を優先してご案内することに決めたんです」

山後「本来の谷中ビアホールらしさ、吉田さんやお店の思想に深く共感されるお客さんもいらっしゃったと思います」
吉田「そうであると嬉しいです。一度本来の目的に立ち返ってみて、またこれからお店のあるべき姿を見つけていけばいいのかなと思います」
山後「そうですね。特に外食店というのは世の中のあらゆる業態のお店と比べても、お客さんが来店するのに間口が広いというか垣根が低いからこそ、いらっしゃるお客さんを限定するという判断はかなり難しいのではないかなと感じていました」

吉田「例えばラーメン屋さんにうどんを食べに来ないとか、パン屋さんにご飯を買いに来ないということと同じかなと思います。ビール屋さんにはビールを飲みにきてほしいと思っています。結果発信してよかったなと思います」
山後「その発信は見ている私も何か勇気づけられるものがありました」
吉田「ありがとうございます。勇気を出して言ってみたら、よりお客様を大切にできるようになりましたし、一杯に対する思い入れも強くなりました」

山後「なるほど」
吉田「その点ビールを褒められることの喜びも大きくなりまして、『お姉さん肌綺麗ですね』と言われるより『ビールが綺麗ですね』と言われることの方が嬉しくなりまして(笑)」
山後「めちゃくちゃ入り込んでますね」

吉田「そうなんです。これまで以上に丁寧に注ぐということに価値を感じて、ある種植物コミュニケーションじゃないですけど、人ではない部分にも人格が宿ったかのように感じて提供するようになった気がしますね」
山後「本当にビールに名前がつく日が近いかもしれません!!」
吉田「勝手に言ってるかもしれないです(笑)」

ビールの良さを伝えるプロフェッショナルとして

吉田「最近は色々なお客様が来店されますが「私ビール苦手なんです」とか「今日初めてビール飲みます」というお客様がいらっしゃる時の嬉しさは格別です」
山後「ビールが苦手な方が来るのに、嬉しい?」

吉田「はい、ビールの美味しさや良さを感じている人なら手放しで嬉しいのですが、ビールが苦手でもビールを飲もうと思って来店されたことの嬉しさですね」
山後「谷中ビアホールさんには色々な味のビールを試せるセットがあるから、そういった人でも自分の好きなビールを探しやすいと思いますね」
吉田「来店されたことをきっかけに、自分の好きな味、好きなビールに出会ってほしいなと思っています。ビール嫌いなら、『どのあたりが苦手ですか??』って聞いてみたいですね」
山後「ビール初心者にはとてもありがたいですね!」
吉田「私もビールを飲めない時代があったので、そういう視点でのお話や提案はできますよ」
山後「そうですよね。ところで、谷中ビアホールとしてこれから取り組んでいきたいテーマはありますか?」

吉田「ビールの醸造の際にたくさんの麦芽を使うのですが、この麦芽のアップサイクルができないか、ということを考えている最中です」
山後「生産の時に出てくるものなのですか?」
吉田「正確に測ったことはないですが、一回の醸造で70kg はゆうに超える麦芽が出ますね。醸造に立ち会ってみると、いいもの(材料)を使って作っているという自信と、これだけの麦芽をどうにか再利用できないか、という課題を感じています」
山後「なるほど」
吉田「乾かして粉砕してパンに混ぜたり、スモークチップにしたり、味噌に混ぜ込んだりと、試してできることも見つけたんですが、もっと手軽に再利用したいなと」
山後「面白いですね!最近は社会的にも声が大きくなってきた側面ですが、それも提供するものへの理解がより深まるからこそ、強く感じるのかも知れませんね」

吉田「そうですね。例えばビールの醸造する過程に立ち会ったり、こうして私たちが使わせていただく道具のことを直にメーカーの方から聞くことができたりする中で、その価値をできるだけ高めてお客さんに出したいというのはいつも思っています」
山後「ありがとうございます。メーカーとしても嬉しい限りです。改めて、吉田さんのビールの良さを伝えること、それに対する想いの強さを感じるインタビューでした」
吉田「こちらこそ、このタイミングでのインタビューで色々とお話しできることがあってよかったです!」
山後「ビールの良さを伝える伝導者として、これからの吉田さん、谷中ビアホールがとても楽しみですね。本日はありがとうございました!」

長編3 章にわたる谷中ビアホール女将、吉田さんへのインタビュー最終章でした。ビールが飲めなかった時代を経て、今やビールを愛してやまないビアホールの女将へと変身した吉田さん。彼女の話を聞きに、そして新しいビールとの出会いを探しに、ぜひ一度谷中を訪れてみてはいかがでしょうか。

Text: Hayato Sango (ThreeSnow)
Photo: Shino Enoki (ThreeSnow)/ Uta Mukuo
Edit: Mayuko Kimura

↓第一章はこちらから↓
https://threesnow.jp/news/feature/22082401/
↓第二章はこちらから↓
https://threesnow.jp/news/feature/22092201/
↓共同開発ストーリーはこちらから↓
https://threesnow.jp/news/feature/22040801