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  • 2022.09.22
  • 特集

知られざる「ビールのおいしさ」 谷中ビアホール女将吉田さんを訪ねて➁

前編(第1編)では、ビールが苦手だった吉田さんがビール好きになるまでの経緯や、ビールとの出会い方、そして飲食店を経営されて思うことなどをお聞きしました。続く第2編ではより詳細に、ビールの仕組みや魅力について聞いていきます。

吉田瞳さん
有限会社イノーバ―・ジャパン代表取締役。東京都谷中にある昭和13年築の古民家「上野桜木あたり」にて、2015年から「谷中ビアホール」を開店。常時8種類の生のクラフトビールが味わえるお店として、国内だけでなく国外からもファンが訪れる。スリースノーのフレーバーチューナーの共同開発者でもあり(共同開発ストーリーはこちら)、お店ではシーズンごとの食材を使ったオリジナルのフレーバービールが楽しめる。現在、女将としてお店に立ち続けながら、ビールの魅力を日々探求し発信している。

※聞き手:山後隼人(新越ワークス スリースノー事業部)

ビールのうまさとは

山後「これは個人的な体験なのですが、ある日友人に『ビールがうまいってどういうこと?』と聞かれたことがありまして。私自身が感じていた“ビールが美味しい”という感覚はうまく分解して答えられなかったんです。苦味なのか、甘味なのか、はたまた喉越しなのか。吉田さんの考える『ビールのうまさ』ってどこにあると思いますか」

吉田「私は飲んでいた時は旨み=香りだと思ってました。鼻から入ってくる香り、グラスを傾けた時に入ってくる香りです。特にクラフトビールはホップの種類がたくさんありますし、それがビール特有の旨味なのだろうと思ってました」
山後「なるほど」
吉田「ワインでも葡萄の香りが旨みを決める大きな要素だと思うのですが、ビールも同じように口にする直前に入ってくるホップの香りがそれにあたるのかなと。第一印象で感じる香りですね」
山後「鼻から抜ける香りではなくて、鼻に入ってくる香りですね」
吉田「はい。ただ前編でもお話ししましたが、醸造に立ち会ってみたら味の一番の決め手が『麦』であることを知ったんです」
山後「こちらは喉を通った後の鼻から抜けてくる香りですね」
吉田「そうです。色付けされたホップの香りではなく、大元の麦の香り、これこそがビールの『旨み』なんだと思います」

山後「麦の味の違いというのは大別してどれくらい種類があるんですか?」
吉田「無限大にあります(笑)国産の麦芽を使うのか外国産の麦芽を使うのかでも違ってきますし、大麦と小麦の比率によっても変わります。例えば小麦を入れると色が白くなるのでいわゆる“ホワイトエール”になりますし、入れないで作る方法で作るものもあります」
山後「そうなんですね」
吉田「大麦もただそのままで使うと(ビールの色は)黄色になるのですが、焙煎すると徐々に茶色に、さらに量が増えると黒に近くなっていきます」
山後「ということは、ビールの色も麦の加工・配合の仕方次第でいくらでも出せるってことですね」
吉田「そうですね。狙いたい色が決まっていれば、その色が出るように麦を選んで作っていくことができます。その先にホップを入れていく工程があるのですが、そこはまた少しテクニックが必要でして。同じ材料で作っても同じビールが作れないこともあります」
山後「へえー!面白い」
吉田「そこがまた作る時の難しさであり、面白さでもあります。いずれにしても、外見の色と味の大枠を作るのが麦であることは間違いないと思っています」

川原湯温泉という場所

山後「群馬県の川原湯温泉という地域に、吉田さんの経営されるイノーバー・ジャパンさんが運営するキャンプ場がありますね。ここは谷中ビールの醸造拠点施設もあるということで、浅間山の伏流水を用いたビールの醸造ができるとお聞きしました。その辺についても伺っていきます」
吉田「よろしくお願いします」

山後「日本酒づくりでは、仕込みに使う水の性質が味わいに影響するとよく言われますが、ビールの醸造において、お水の性質が味わいに影響するのでしょうか?」
吉田「ビール成分のほとんどが水のため、水の良し悪しで味わいが変わります。お水の硬さはビールの性格に出てきますね。ただ、醸造する場所が日本であれば基本的に軟水が使用できるので、ひどく硬いビールになることはあまりないです」
山後「なるほど、ビールもお水の性格によって変わるんですね」
吉田「はい、そうです。現地の水の性質を調査したところ、実は日本の水の中でも比較的柔らかい水だそうで、ビール作りに適した地でもあることがわかったんです」
山後「へえーー、それもすごいですね。醸造されるそれぞれの地域の水を使うことで、ビールにも産地・地域色みたいなものが出てきますよね」

吉田「間違いないです。水もそうですし、麦やホップも現地のものを使うことによって地域色を出すことができますね。川原湯温泉は実はホップが自生していた地域なんです」
山後「そうなんですか!?」
吉田「今はないんですが、裏を返せばいつでもそこで栽培できるということになります。いつか将来、自分たちで麦やホップを栽培して、地産地消のビールも作ってみたいと思っています!」
山後「いいですねー!絶対やってください(笑)」

吉田「ヨーロッパのワイナリーでも、自分たちでぶどう畑を持っているかどうかで品格が変わりますよね。それと同じく、ビールも醸造所の脇にホップ畑と麦畑があったらそれは評価される可能性を持っていると思うんです。そういう価値観も広げていきたいなと」
山後「その価値が広がっていく可能性はありますよね。魅力的だと思います」
吉田「その意味でも私は一ヶ所に醸造所が集中するのではなく、全国各地の地域に醸造拠点がある方がメリットがあると思っています」
山後「おっしゃる通りですね。その地域の特色や物語に触れた時、実際に現地に行ってみたくなるのも醸造拠点が離れていることの一つの魅力かもしれませんね。観光と相性がいいと思います」

吉田「ありがとうございます。あとは川原湯温泉は気圧条件もビールの醸造に適していると聞いたことがありますね。沸点が低くなる関係で仕込み時間が短縮されるんです。つくづく条件の整った場所だなと思っています」
山後「圧力釜の原理ですね。そこも影響するとは、、、面白いですね!」

ビールは「ぬるくてもおいしい?」ビールと温度の関係

山後「作る側としての吉田さんの想いを聞いてきましたが、飲む側として吉田さんのオススメの楽しみ方や『ビールのここが好き!』ってところがあれば教えてください。」
吉田「みなさんよく言われるのが、最初の一杯はビールがいいとおっしゃるんですが、私は最初から最後までビールがいいです!(笑)」
山後「(笑)」
吉田「大きいグラスでビールをゆっくり飲んでいると、飲むタイミングでビールの温度が変わってくるので、それを楽しみたいし、楽しんでほしいんですよね」
山後「なるほど!だんだんぬるくなってくるビールも楽しむということですね」
吉田「そうなんです。やはり日本人のイメージの中にあるビールはキンキンに冷えたビール。このイメージがあるからぬるいビールを楽しむという概念があまりないように思えます。でも、ぬるくなってくるビールも楽しめるんです。ビールの美味しさは時間をかけて味わえる、というのも大きな魅力です。ちなみにうちのビールはぬるくても十分楽しむことができますよ!」

山後「それは新しい概念でした!個人的にはお茶を飲むことが好きなので、お茶とリンクさせて考えてお話を聞いていました。確かに温度によって変わる味わいはビールでも感じられますよね」
吉田「お茶も同じですよね。一回で入れたお茶でも、温かいうちに飲んだお茶と少し温度が下がってから飲んだお茶では味わいが違う。同じものが時間と温度によって味が変化するのって面白いと思いませんか?」
山後「そうなんですよね。お茶やコーヒーも温度に幅があると見られる傾向にありますが、ビールはキンキンに冷えたものがいいという固定観念がまだあるように思えます」
吉田「ありますね。でもうちのビールはぬるくなっても美味しいので(笑)。例えば好きな本を持ってきて、読書に没頭しながら飲み干してほしいなと。読書に没頭できる幸せと味の変化を楽しんでもらえたら嬉しいですね」

山後「いいですね!温度の変化による味の変化を積極的に捉える、というのは新鮮です」
吉田「そこの価値を広げていきたいんです。ゆっくり20分かけてビールを楽しんでもらえるようなお客さんが増えてほしいと思っていますし、それができるお店づくりにも取り組んでいきたいです」

山後「素敵です。ちなみに温度によって味の変化が特徴的なビールはどれになりますか?」
吉田「ペールエールですね。上面発酵と言われるビールの分類で、ホップの香りが変わりやすいんです。ホップはお化粧のようなもので、お化粧を変えれば顔の印象が変わるのと同じなんです。時間が経つとホップの香りが変わって印象も変わる。特にペールエール系はいくつものホップを段階的に入れているので、香りの変化を楽しみやすいんです」

山後「なるほどー。メーカーさんはそういうのを意識して醸造しているんでしょうか」
吉田「そうだと思います。醸造家さんは、こういう風に伝わってほしいと思いながら作っていると思います。ホップによって香りの見え方が変わるのは知った上で醸造しているはずですからね」
山後「そうなんですね。香りの変化を楽しみたい人にはペールエール系を、ということですね」
吉田「そうですね。よりわかりやすいと思います」

お店やビールの種類によって温度を変える理由

吉田「実際にお店によって提供するビールの温度も違うと思います。ビールを腐らせないために冷蔵はするのですが、その温度は3℃のところがあれば、5℃や8℃のところもありますよ。クラフトビールでキンキンに冷やすというケースの方が珍しいかもしれませんね」
山後「そうなんですね。確かにキンキンに冷えたクラフトビールはあまり飲んだことがないような気がします。ちなみに、谷中ビアホールさんではどれくらいの温度で出しているんですか」
吉田「谷中ビールのタンクとアウグスビールのタンクで2℃くらいの温度差をつけて冷蔵しています。より香りが出やすいタイプのビールは最初からあまり冷やしすぎず、ラガータイプのビールは少し冷たくしています。少し冷たい方が最初に飲むビールとしてはとっつきやすいというのも理由の一つです」
山後「温度の差もこだわりの部分なのですね。メニュー表に書いてあっても面白く読めそうです」
吉田「本当ですか!書いてみようかしら」
山後「ビールの話をしていたら飲みたくなってきましたね(笑)」

山後「さて話題を変えて、健康とビールの関係について。健康の側面からビールのいいところを挙げるとしたらどんなことでしょうか」
吉田「ありがとうございます。この点も実は最近勉強したんです。その上で自論になってしまうかもしれませんが、お話しできたらと思います」
山後「ぜひ、聞かせてください!」
吉田「私も以前は“ビールを一定量摂取すると体に悪影響がある”というような見方をしていたのですが、実際にビールを醸造する過程を見てその意識が変わったんです。ビールを作ってみたら、使われている原料が水、麦芽、ホップ、酵母の4つの原材料からできているということを再認識して、どれも体には良いものしかないんですね。それが合わさってできたものが体にとって悪いわけないんですよね」

山後「確かに言われてみればそうですね」
吉田「実際に摂りすぎは体への悪い影響が考えられますが、一定量を摂取することにおいては毎日飲んでいても問題ないはずなんです。むしろ、その人にとっての毎日の摂取量がコップ一杯とするなら、毎日同じコップ一杯を摂っていくことで同じもの同じ量を体内が入って同じ量体外へ排出されるので、循環のリズムを維持できるという意味では健康法の一つに適っていると思います。サプリメントと同じ考えですね」
山後「ビールと一緒に摂取している食べ物の方にむしろ健康を害する原因があったりしますもんね」
吉田「はい。添加物が入っているとそれも体への負担になる要因ですね。ビールは変わらず一定量を飲んでいればちゃんと排出されて体に残るわけではないので、その人が楽しめる量は毎日飲む方がいいと思います。お水と一緒です(笑)」

山後「私も毎日飲むので、救われた思いです(笑)特に酵母は人間の体にとって良いと言
われて久しく、日本酒をはじめとする他のお酒は体に良い影響があると言われているのに、なぜビールだけは健康へのマイナスイメージが強いのでしょうかね」
吉田「本当ですよね。ビールなんて飲むこと自体は控えなくても良いんです」
山後「ビアホールの女将から言われると説得力があります(笑)」
吉田「うちのビールはじめ、提供しているメニューは、すべて材料まで公開できるものを使っています。なので、健康で帰りたいと思っている人向けに食事やビールをセレクトすることもできますよ」

山後「今の時代はどうしても健康志向、自然なもの、サスティナブルなものに対して意識が向いているので、そういう文脈に乗らざるを得ないような雰囲気を感じるのですが、それらの概念とは反対に位置すると思われがちなビールが、実は健康にとって良いと言えればすごく強いですよね。救われる人がたくさん出てくると思います」
吉田「そうですよね。少なくとも自分で作っているクラフトビールだからこそ、自信を持って材料を説明できるという点においても自信があります」

道具について思うこと

山後「実は今日、最近発売を開始したビアタンブラーをお持ちしました。こちら谷中ビアホールさんでも取り扱っていただいているまどろむ酒器の380mlサイズです。材質も同じく銅と錫です」

吉田「良いですね。ビアホールにとってはビールを五感で楽しめることが必要なことで、味や香りだけではなく、手に持った時に伝わる冷たさも大切な要素です。このタンブラーは熱をよく伝える銅と錫ですので、ビールの冷たさをより感じてもらえる魅力を持っていると思います」
山後「ありがとうございます。確かに温度を伝えるという意味で金属素材、特に銅と錫は魅力ですね」
吉田「グラスとは違う魅力ですよね。使ってみたいです」
山後「ぜひ!よろしくお願いします!谷中ビアホールさんではまどろむ酒器やフレーバーチューナーを使っていただいておりますが、道具について聞いてみたいと思います」
吉田「はい」
山後「道具とは、例えば私の理解では『自分たちのやりたいこと』を実現するための脇役的な存在だと思っていますが、吉田さんはどう考えますか?」

吉田「脇役という表現に対しては少し違っていて、私は『それがなければ何もできない』という理解です。道具が汚かったり壊れている状態がとても嫌いなんです。なので調理器具は、ちょっと気になるとすぐに磨く習慣があります。あと、道具は『鏡』だと思うんです。雑に扱えば雑なものができる、丁寧に扱えば丁寧な仕上がりになると思っています。だから私は道具は大切に扱いたい。道具に対する考え方は、一つの経営判断であるとも思っています」
山後「経営判断!」

吉田「はい。人材や環境について考える時、どこを改善してどこを伸ばしていきたいのかを考えますよね。足りないものは補足するし、既存のものを磨いて価値にすることだってあります。道具も同じように考えられると思うんです。交換が必要なタイミングでは新しいものと交換するべきだと思いますし、今あるものを長く大切に使いたいとも思います。飲食店にとって手足の一部と同じである道具は『脇役』ではないと思います」
山後「なるほど。そう言っていただけると道具屋である私たちも嬉しいですね。ありがとうございます!」

道具が拡げるビールの可能性

山後「例えばこのタンブラーもビールの良さを引き出せるのだとすれば、お店だけではなく家庭でも道具によってより楽しめると思うのですが、どうでしょうか」
吉田「そう思います。家で飲むビールはおそらく缶や瓶のビールだと思うのですが、このタンブラーを使うことでよりおいしく、より大切に飲むようになると思います。道具には作られる意図やストーリーがあるので、これを使われる方にはぜひ知ってほしいなと。このタンブラーで言えばビールの温度変化であったり、手や唇に冷たさを感じられるところであったり、まろやかな味わいを感じられたり。そういったことを知った上で飲むと、ビールの時間が豊かになると思いますね」
山後「なるほど、ありがとうございます。お店の人からしてみると、その良さを理解した上でタンブラーの使い方をおすすめしたいということなんですね」

吉田「”このタンブラーの良いところはこういったところだから、こういうふうに飲んでほしい”という勧め方ができたら理想だと思っています」
山後「器に少しのこだわりを持って選び、使うことで料理やビールそれ自体の価値にプラスする価値を感じられたらいいですね」
吉田「そうですね。こだわりを持って選び、使うためにはその道具を知る必要がありますが、その背景を知って道具を大切にすることができれば、食事の時間は豊かになると思うのです。そういう思想はきっと料理だって大切に思えるし、人を大切に思うことにもつながると思っています」
山後「素晴らしい考え方ですね。全て繋がっていると」
吉田「はい。現代ではSDGsと頻繁に叫ばれていますが、一語の理解だけではなく、シンプルに目の前のものや人を大切にする思想が広がっていくことで、結果より良い持続可能な社会の実現にも繋がっていくのだろうと思っています」

ビールには「うまさ」の表現や温度にもさまざまなバリエーションがあり、道具によっても楽しみ方を広げられること、そして原材料から紐解くビールには現代における一般的なビールの見方に一石を投じる可能性を教えていただきました。続く第3章では谷中ビアホールのバックグラウンドに迫っていきます。ご期待ください!