道具の目的 「メイド・イン・関」のパン切り包丁(5)」
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最終章となる第5章では、中村さんの考えるパン切り包丁の価値についてお話を聞いていきます。
中村圭吾さん
岐阜県関市の包丁メーカー、株式会社サンクラフトの国内営業として活躍中。2018年に開発・リリースしたパン切り包丁「せせらぎ」はクラウドファンディング(「三種の刃で楽々カット。岐阜関市の老舗メーカーが作るパン切りナイフ「せせらぎ」)にて大反響を呼び、たちまちパン切り包丁人気を日本中の家庭に広めた。家庭のみならず、パン・洋菓子店舗の調理人とも細やかなコミュニケーションをとりながら、様々な道具の開発・改良に取り組んでいる。スリースノーの「パンきり専科」の担当でもある。
※聞き手:山後隼人(新越ワークス スリースノー事業部)
良いパン切り包丁は絶対にあったほうがいい理由
中村「なぜ切れ味の良いパン切り包丁が必要なのかという話ですが、基本的にパンというものは切らないほうが美味しいんですよ。切っちゃうと水分が抜けたり、香りが抜けたりするので」
山後「なるほど、切った面から風味が変わっていくということですね」
中村「はい、でも皆さんパン切り包丁は持っていない方が多いからパン屋さんではスライスされた状態の食パンが売っている。本来は必要な分だけ必要なタイミングで切っていく方が食材、パンにとってはいいのです。香りとか水分が抜けないので。だからパン切包丁はあった方がいい」
山後「確かに。パン切包丁があることで食材本来のおいしさを長く保つことができるんですね」
中村「もっと言えば、切った断面が粗いかきめ細かいかの違いはトーストした時の味の違いに出ます」
山後「へえー!そうなんですか!?知らなった」
中村「断面が粗いとトーストした時に焦げ付いてしまう可能性が高まります。パン屋さんでもその辺のことまで考えておられる方々はやはりパン切包丁の品質にこだわります。これが「良いパン切包丁」を持つべき理由なのです」
山後「納得の理由ですね。そこまで知るとパン切包丁を持ちたくなるし使いたくなります」
切る「コスト」、使い手の「自由」
中村「別の側面でも、パン屋さんなんかでフランスパンなどに切れ目を入れて食材をサンドするようなものを作る場合、切れ目・断面をきれいに見せたいと思っている方も多い。切れた面がきれいだと売れ方も変わると言われます」
山後「食品の見た目にも気を遣うプロならではの視点ですね」
中村「結局、切ることってコストなんですよ。スライスしなければならない分、パン屋さんは大変。この包丁はパン屋さんにとっても扱いやすいという包丁を目指していますが、ご家庭での使用率も高まっていけば自分好みのスライスを実現できるだけでなく、パン屋さんにとっても嬉しいことなのではないかなと考えています」
山後「そうですね。高い品質の道具はプロの方だけでなく、家庭で使われる方にとっても可能性を広げることになる。このパンきり専科は大・小と2サイズありますが業務用では大サイズ、家庭向けには小サイズを推奨しています」
中村「実際にはそういう感じで使われるのが多いのかなと思っていますが、原理としてはストロークを長く使う方がパンへのダメージが少なくきれいに切れやすいですね。大サイズはストロークが長いのでそういう点では優れている点だと思います」
山後「なるほど、大サイズの刃渡りの長さはそういったメリットもあるんですね。勉強になります」
中村「まっすぐに刃を落として切っていくよりストロークを長く使う方が食材の細胞をつぶさずに切れるので味も良い。これはパンだけでなくほかの食材に対しても同じです。他の包丁を売っていても料理人の方からよく聞かれるので、共通の原理だと思いますね」
山後「面白いポイントですね。ザルをやっている私たちの世界でも、よいザルを使うことで食材・素材本来の良さを長持ちさせることができるという話(EP1:ザルの使い方)があって、道具を使って自分の手を加えることで素材を生かすことができるのであれば、それこそが道具の価値だと思っています。このパン切り包丁も似た話だと感じていて、仮にこの道具がなくても生活はできるけれども、もし持っていたならばパンを一番いい状態でいただくことができるし、賞味期限も長くなる。いいことずくめですし、もしかしたらパン屋さんもそう願っているかもしれませんよね」
中村「そうだと思います。包丁屋だから「より切れる包丁」を作れる方が当然良いのですが、その反面使い手側の声も忘れてはいけない。もしかしたら切れ味を追求するだけでは、作り手には見えない落とし穴にはまってしまうかもしれないという視点は、営業である私は特に意識するポイントです」
包丁の哲学
山後「包丁ってそういう哲学がほかの食材に対しても働きそうな気がします。ものを切る道具としての包丁は最も古代から使われている道具の一つで、切れ味の良さを追求するとどこまでも際限がない。きれいに切れることの根底、一番の意味は、食材自体が一番良い状態になっていることが本来の目的だとすればとても理にかなっている」
中村「そうですね。もちろん切れることを評価してくださってうちの包丁が浸透してきたという面はあるのですが、ユーザーさんがどう思っているかがやっぱりとても大切な点です」
山後「わかります。極端な表現かもしれませんが、包丁屋さんが「切れるから良い」というテーゼを疑問視するというのは、ある種とても勇気のいることですよね」
中村「そうですね。ユーザーと触れ合う機会の多い営業の立場だから考える選択肢でもあります。ユーザーの論理を置いてきぼりにして商品のクオリティを追求していい場面とそうでない場面が存在しますよね。切れることだけに盲目的になってはいけないなと」
山後「そこに営業の存在価値が出てきますよね。我々のような道具のメーカーは「こうであるべきだ」と信じている技術力のてっぺんを目指してモノづくりをしがちですが、結局それが誰のためになっているのかということを忘れては本末転倒で。営業が営業として価値を発揮するのは、持っている技術が活かされるべき目的地まで旗を振るというところにあるのではないかなと思っています」
中村「わかります。メーカーとしての自己満足に陥る可能性というのは常にあるものだと思います。調理用の包丁として我々が製造しているラインナップは切れ味を追求すべきものなので、その点において疑問を挟む余地はないですが、ユーザーの論理を探求するのは絶対に必要なことです」
山後「間違いないですね。今日のお話はこれからパン切り包丁を買おうか考えている人、あるいはそんなことを考えたことがない人にとってはぜひ触れてほしい内容ですね。大変勉強になりました。なにより私自身がこのパン切り包丁をもっと使ってみようと思いました(笑)。ありがとうございました!」
私たちがきちんと食材と向き合うことで、よりおいしく、無駄なく、本来食材が持つ味の豊かさを享受することができる。道具はそれを助けるためにあります。良い道具を持つことは、食材と真剣に向き合うことに他なりません。サンクラフトさんで製造されるパン切り包丁は「パン本来の在り方」を考えて作られており、私たちの食生活をさらに豊かにしてくれる可能性を持った商品です。
前章(第4章)はこちら
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Text: Hayato Sango (ThreeSnow)
Photo: Kakeru Ooka (location shooting) /Atom Munemura (studio shooting):Office-Atom
Edit: Mayuko Kimura