文化を提供する お茶と日常の関係
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上野宏太郎さん
新潟県柏崎市出身。創業73年とらや菓子店の3代目。2020年に店内に和カフェToRaYaをオープンし、若い世代に人気のカフェとして好評を博している。カフェでは旬の食材を使ったデザートを中心にこだわりのお茶も提供する。
※聞き手:山後隼人(新越ワークス スリースノー事業部)
お菓子とお茶
山後「お茶とお菓子、オススメの組み合わせはありますか?」
上野「僕は玉露のような甘みの強いお茶が好きです。でもそれは甘いお菓子に合わせづらいので、その時にはお菓子をあえて渋くしますね。聞き慣れないかもしれませんがお菓子はいくらでも渋くできるんです。カシス、ほうじ茶のパウダーなどを入れると渋くできるんです」
山後「そうなんですね。あまりイメージが湧かなかったです」
上野「渋くて苦いお茶を飲む機会の方が多いと思うので、意外かもしれませんね」
山後「今度、試してみようと思います!」
息を吐く
山後「上野さん、お茶の魅力ってなんだと思いますか?」
上野「ひと呼吸おけることですね。小さい頃から親の影響もあってお茶をほぼ毎日飲んでいました。その頃はその魅力に気づいていたかといえば微妙ですが(笑)。今は毎朝必ずここのカフェに来てお茶を入れてから仕事に向かうというルーティンです。この習慣が私の生活においてとても大きいのです」
山後「そうなんですね」
上野「特に温かいお茶を飲んだ時って「はぁー」と息を吐きますよね。あの感じって、湯船に浸かり体がほぐれていく時に吐く深い呼吸と似ていると思うんです。多くの現代人は、朝起きるとすぐスマホと向き合い、ご飯を食べて学校や仕事に行く。この生活リズムの中で呼吸を意識する瞬間が少ないと感じています」
山後「本当にそうですね。しっかり息を吐くから自然と息を吸える。その時間を作っているということですか」
上野「そうなんです。まさに、「呼吸をする」を意識するということです。人って基本的にどんどん呼吸が速く、浅くなっていくので。そうしてどんどん酸素が薄くなるとパフォーマンスが知らず知らずのうちに低下していきますよね。だから日常の中にひと呼吸つけることがどれだけ大事なのかを実感しています。何か悩みや考え事をしている時などは特に、ひと呼吸おける大切さを感じます」
山後「言葉だけ聞いたら息を吐くって当たり前の行為ですが、知らず知らずのうちに意識できなくなっていることのようにも思えますね」
上野「お風呂に入るタイミングは大体帰宅して夜なので、一日の終わりのタイミング。そこでようやく一息つけるという人もいるのではないでしょうか。その上シャワーだけですませてしまえばその機会すらないかもしれません」
山後「確かにそうですね」
上野「お茶の魅力は、人々の日常と密接に結びついた魅力なんです。このとらやが目指していく姿ともリンクしていると思っています」
とらやが目指す姿
山後「とらやさんが目指していく姿、具体的にイメージがありますか?」
上野「ゴールは決めています。今はとらや菓子店としてお菓子の製造販売とカフェの営業がメイン。今後は自分の哲学的な部分を表現していける場所の一つにしたいという想いがあります」
山後「哲学的なところですか!?」
上野「もちろんお菓子は売るのですが。お菓子やお店を通して得られる気づきや喜びを提供する場でありたい。最終的にはお菓子を通して「文化を提供」したいと思っています」
山後「文化を提供する?」
上野「はい。個人の生活の一部にとらやがある状態、違う言い方をすればどうしても生活の中にとらやがないといけない状態を作り出したいのです。ただ美味しいお菓子を売るのではなく、生活を豊かにするというところまでいきたいんです」
山後「カフェをゆっくり楽しんでもらう場でもあり、帰り道に立ち寄るなど、日常的に訪れてもらえることで生活の一部になっていきますよね」
上野「そういうことですね」
山後「外食の立ち位置がかなり日常に近いところで捉えているところが印象的です」
上野「だからこそ、お茶のような”日常の中に位置づけられること”で感じる魅力というのは、とらやが目指す”文化を提供する”という姿ともリンクするのです」
山後「なるほど!興味深いです」
上野「その上で自分やお店の思想を発信させてもらっています。作り手の想いも含め、今どういう想いで成長しているのかといった部分をお菓子と一緒に受け取ってもらえたら嬉しいですね」
山後「ぜひそうなって欲しいです!」
日本茶の可能性を広げていくために
上野「このお店を立ち上げる際、きちんとしたお茶を出したいなと思っていくつか茶園を訪問しました。その時にすごく丁寧にお茶を作っている様子が印象に残っていて。これはコーヒー豆を作るプロセスに負けないくらい価値のある過程だと感じたのです」
山後「本当にその通りですよね」
上野「日本にはまだお茶=タダという意識も残っていますよね。その辺の意識はいい意味で崩せるように頑張りたいなと思っています。価値のあるものにはきちんとお金を払う流れを作りたいと思っています」
山後「わかります。お茶の製造過程を見ると、こんなに手がかかっているのか!と驚きますよね」
上野「そうなのです。それを見るとお茶を入れる時にもより丁寧にやろうという意識になりますよね」
山後「今後、お茶で仕掛けたいことは?」
上野「うちはお茶屋はできませんが、オリジナルのブレンドは作ってみたいなと思っています。これから先、ファッション的な意味でも「お茶がかっこいい」という時代が来るような気がしています」
山後「それは大いに共感します。まだ何となく古いイメージが残っているだけで、潜在能力としては十分にあると思います」
上野「茶葉を選ぶ過程、入れる過程から可能性を広げていければと思っています」
歴史ある店を継承することについて
山後「最後に、この歴史のある菓子店を継承することについて伺っていきます。上野さん自身、これまでの御社の在り方に対して抵抗する部分などはありませんでしたか?」
上野「うーん、抵抗がないというわけでもないですが。まずは受け継いでみないと分からないという感じでした。新しい商品やサービスを考える上でも、これまでのお客さんがこれからも喜んでもらえるためにはどうしたら良いか、という視点は考えますし。新しい商品を出し続ければ良い、というわけではないと思っています。とらやの文化にある「どうしたらお客さんがもっと喜んでもらえるかを考える」という姿勢は受け継いでいきたいなと思います」
山後「物質的なものというより”お店の文化”という無形のものですね」
上野「はい、そうですね。事業承継自体は一つのプロセスでしかなくて、とらやに来てくれるお客さんやここで働いてくださっている従業員のみなさん、そういう人たちにこれからも喜びを与え続けることができたらと思っています。ここまで繋いできてくれた歴史が土台になって今それを受け継いでいられるので、それをこれからどう広げるかが試されるのかなと」
山後「なるほど、近いものを感じますね。燕もそういう土地で、何か商品を生み出そうとした時に、すでに色々な企業が技術やネットワークを蓄積しているんです。僕のような人間がパッと思いついたアイデアでもすぐに形にできるのは燕の強みだと思います。先人たちが積み上げてきた基盤があってこそ、今の自分の立場なので。継承してそれをどう広げていけるかという部分では共通するところなのかもしれませんね。本日はありがとうございました!」
文化を提供し、お店の文化を継承する。地域の人々にとっての日常を提供する。とらやさんが目指すお店の哲学から、これからの飲食店と地域の可能性を知ることができました。お茶はその日常に”ひと呼吸の間”を提供するツール。お茶の時間を楽しむ道具とともに、みなさんも日常に”ひと呼吸の間”を意識してみてはいかがでしょうか。
Text: Hayato Sango (ThreeSnow)
Photo: Kakeru Ooka (Office-Atom)
Edit: Mayuko Kimura