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  • 2025.08.12
  • 特集

言葉の持つ力③:商品が生きていくための言葉

木村真悠子さん:東京を中心に、日本各地に活動拠点があるフリーランスのライター。雑誌「Discover Japan」で日本各地のものづくりを取材したり女性誌を中心に記事の執筆をするなど、幅広いジャンルを取り扱い、現在はアーティスト会報誌の執筆活動がメイン。企業のブランドづくり、広報コンテンツづくりなども手掛けており、現在はスリースノーの広報アドバイザーとして伴走中。「熱狂」が原動力。まどろむ酒器のパッケージに記されている詩は毎回、木村さんが書いている。

聞き手:石島雫(新越ワークス スリースノー事業部)

平和を謳う

石島 「まどろむ酒器シリーズ第6弾「錦鯉」が5月からリリースされましたね」

木村 「まさか錦鯉に行くとは思わなかったよね!」

石島 「そうですよね、四季のなかにちょっと異端な存在感ですよね。錦鯉を作ると聞いた時は率直にどう思いましたか?」

木村 「「あ、生き物にいくんだ!」と思いました。直感的にこれは挑戦だなと思いました」

石島 「これまでまどろむが積み重ねてきたブランドのイメージをもしかしたら変えることになる、ある意味挑戦ですよね」

木村 「ただ、意外性はあるなと思いました。まどろむ酒器に施されている錦鯉の絵は良い意味で定番からは少しずれていますよね。錦鯉というと品評会があるくらい華やかでボリュームのあるイメージですが、この錦鯉は謙虚だなという印象です。かといってキャラクターに寄せた錦鯉ともまた違う、唯一無二感がありますよね」

石島 「そうですね。華やかすぎるとインバウンド向けに偏ってブランドイメージが変わってしまうかもしれませんが、まどろむ酒器らしく日常をさりげなく彩る表現ができていると思います。パッケージの言葉も印象的ですよね」

木村 「この言葉はある種、攻めですよね。 平和を謳っていますが、強い言葉になったなと思います。あえて強い言葉を使うことで、既存の「酒器を愛でる」イメージから少し逸脱させています。パッケージの統一性は取るべきだけど、メッセージを違う路線にしたことと、あえて単色ではなく錦鯉の柄にした点で少し変化をつけました。「四季を愛でる」というこれまでのまどろむ酒器のブランドをあえて「錦鯉」という生き物にふったことで、これまでのシリーズとは差別化を図りました。
あらためて「今の世に平和を謳いましょう」という想いをこめて」

石島 「「平和を謳う」。パッケージの言葉を読んで私自身もハッとさせられました」

歴史と地に想いをはせる

石島 「錦鯉を開発しようとしたときに、一見「平和」というキーワードには遠いように感じます。
どのように結びついたのでしょうか?」

木村 「もともと小千谷の町に思いをはせるというコンセプトがありました。
小千谷と錦鯉の歴史は江戸時代に端を発してから今日まで約200年の歴史がありますよね。娯楽も少ない時代、雪深い土地で楽しみを見出す対象でもあったという背景があることを山後部長から聞いて、環境は人をつくるし、そのなかで人がどうやって幸せに生きていこうかって真剣に考えた時に、錦鯉を愛で育てて大きくなったり色鮮やかになってくことを喜びと感じることこそが、実は人の幸せになり得るんだと思いました」

木村 「人は身近な小さなところでも平和を感じることができたり、思いをはせて生きていける生き物である。そこをスタートに構想を練っていきました。
その意味では、同じまどろむ酒器シリーズのなかでもこの錦鯉はまた別ラインになっているかなと思います。手に取る人にも響いてくれたら嬉しいな」

石島 「込められた想いを聞くと、いっそう特別なものに感じます」

言葉で「表情」を灯す

木村 「 私がものづくりに傾倒している中で自分が一番伝えたいことがありまして。究極的に言うと、「幸せってなに?」とか、「豊かさってなに?」とか、「なんで生きるの?」という問いかけに対して、永遠に人は分からないままだと思っていて、これだよっていう正解もたぶんない。だけど、皆ずーっとその問いを考えながら生きていくものだと思っているんです」

木村 「生まれながらに不幸になりたかった人はいない。環境がそうさせてきた部分があったり、人との関係値で不幸になってしまうことが多いと思っていて。本来であればみんな平等でみんな同じように幸せになりたいって思っているはずですよね。今、世界にはいろんなことが起きているじゃないですか。争いごとがあったり強いものが弱いものをいじめたり、何ら100年前と同じで、そう言う意味では人って変わっていないんだと思っています。

それに対して、得意不得意はあったとしても「補い合えばいいじゃん」って私は考えるほうなんですよね。チームの仲間同士でも本の言葉でも、支え合い補い合うものの対象は何でもいいと思います。こういうことが私は常に頭にあって、インタビューしていても「この人にとっての幸せは何なんだろう?」とすごく考えます。
だけど誰もこの答えにはたどり着いていない。そう思い込んでるとか、そう信じて進むしかないとか、ここを心地いいと思うことにしようとか」

木村 「平和はみんなにあるべきものだし、心地よく自分の住んでいるところを愛せて、アイデンティティを大事にできる人であるっていうことは一番大事なことだろうと思う。私はそんな気持ちがどこかにずっとある人だったんだなと思っています。

こんな考えを錦鯉の言葉に重ねると、自分の心の中の言葉も入っているんじゃないかなと思います。愛でて育てようと考えてきた従来のまどろむシリーズと比べると、この錦鯉に関しては実は自分の想いも乗せています。それぞれが思う平和に気づくことができたら、いろんな生き方があっていいじゃんと思えるんじゃないかな」

石島 「木村さんの言う「平和」という言葉はゆるくて自然ですけど、一方で力のある考え方ですね」

木村 「自分の環境を選べない人も世の中にはいて、そのなかでもその人なりの幸せを見つけて生きていくわけであって、でもそのためにはベースは平和でないと人間が正常に感情を保てないじゃない?この錦鯉が、そういうことに思いをはせるきっかけになってくれたらいいなって思う」

石島 「身近な人を思い浮かべて手に取ってもらえるように、そんな想いを発信していきたいですね」

木村 「この錦鯉シリーズを通じて大きなことを成し遂げたいとかそういうことでは全然なくて、ものづくりには「機能的である」とか「嗜好品」であるとか、いろんな側面があるじゃないですか。この錦鯉があることによって、もう一側面を増やすことができたんじゃないかなと思います」

石島 「パッケージのあの言葉があることで、機能でもデザインでもありながらどちらか一つの要素に振り切ったわけでもなく、商品を魅せるまた別の要素を得たのだと思います。「言葉のもつ力」と言えそうですね」

木村 「今後まどろむが展開していくという話をするならば、これまで四季を愛でるシリーズがあって、錦鯉みたいに世の中に伝えたいメッセージ性のあるシリーズがあって、これからは例えばまどろむとコラボしたいですって言ってくれるようなブランドさんとのコラボがあったりとか、そうやって様々な方向に展開していけたら楽しいだろうなと思います」

石島 「やっぱりブランドのある製品はそんな展開の仕方ができると思います。これまで業務用品ではとにかくニーズに応えるという開発をしてきましたけど、また別にブランドを持っていることで自分たちの想いをのせて人にも好かれながら一緒に育てていくことができますよね」

木村 「もちろん業務用のザルもたくさんのプロの方に愛用されているとは思うんですけど、まどろむ酒器の立ち位置はまた違って、「贈答品」という新しい分野にスリースノーが踏み出すきっかけとなり、愛される商品に育っているんだなと思います。続々と新しい商品も生まれているし今後の展開も楽しみですよね」

あとがき ―ショールームに並ぶまどろむ酒器を眺めて

約1時間半にわたるインタビューの後、自社ショールームに並ぶ6つのまどろむ酒器を眺めながら、インタビュアー、カメラマン、編集長で思い思いに言葉を交わしました。「お気に入りはどれですか?」「並べると色彩が本当に綺麗だよね」「いくつも買ってその人に合う柄を渡しているよ」「酒器もそうだけど、日本の四季自体が美しいよね」
今まで何の気なしに近くにあったものが、作っている人や愛用している人、売っている人の話を聞くとガラッと見え方が変わることがあります。
まどろむ酒器も例外でなく、“温度で色が変わる酒器”という機能的な面だけでは説明しきれない、丁寧に紡がれた美しく強い想いが今回の対話で見えてきました。 手に取ってくださる皆さんの心満たされる時間を、まどろむ酒器が作ることができたら嬉しいです。

前章「言葉の持つ力②」はこちらから