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  • 2025.08.12
  • 特集

言葉の持つ力②:ブランドをつくる

木村真悠子さん:東京を中心に、日本各地に活動拠点があるフリーランスのライター。雑誌「Discover Japan」で日本各地のものづくりを取材したり女性誌を中心に記事の執筆をするなど、幅広いジャンルを取り扱い、現在はアーティスト会報誌の執筆活動がメイン。企業のブランドづくり、広報コンテンツづくりなども手掛けており、現在はスリースノーの広報アドバイザーとして伴走中。「熱狂」が原動力。まどろむ酒器のパッケージに記されている詩は毎回、木村さんが書いている。

聞き手:石島雫(新越ワークス スリースノー事業部)

「まどろむ酒器」誕生

石島 「ものこそ先に出来上がっているけれど、これまでの業務用品とは全然毛色が違う酒器。それを売り出そうとすると、どこから考え始めるのでしょうか?」

木村 「最初はパッケージもなく、酒器だけある状況でしたね。「メーカーが単に技術を生かして作りました」という伝わり方では勿体ない商品だと思ったし、今までの業務用品とは切り離さないとユーザーには伝わりにくい。「新しくブランドをつくりましょう」と提案しました。 ザルとは違い酒器は嗜好品だから、ペルソナもより大切になってくる。ユーザーに価値が届くように今までとは違う伝え方を考えましょうとアドバイスをしました。そこから2020年にコロナが流行るなんて思っていなくて。本来であれば東京オリンピックが控えていたんですよ」

まどろむ開発当初の営業戦略ミーティングでのアイデア出し

石島 「新型コロナウイルスで延期されてしまったオリンピックですね」

木村 「そうそう。その時期はオリンピックに向けて日本中のメーカーさんがこぞって東京にモノを持ってくるという状態だったから、この酒器もその流れに乗せるのがいいなと考えていました。例えば主要都市をつなぐ空港のお店には絶対受けると思いましたしね」

石島 「当初のペルソナはインバウンド向けの外国人と想定したんですか?」

木村 「当時スリースノーではインバウンド向けの構想があったみたいだけど、私たちが加わってからのチームでは日本人向けに設定しました。30歳~40歳、世帯年収はこのくらいで、お酒を片手に移ろいゆく時間を楽しむ余裕のある人。あとはやっぱり、食に興味があって食を楽しめる人。こんな構想をつらつらとホワイトボードに書きながら考えていきました」

主観的に思考すること、客観的に書くこと

木村 「通常、記事を書く時は、インタビューも含めて事前に開発ストーリーや職人さんの想いの情報が手元にある状態で文章を作ります。ありがたいことに酒器に関してはペルソナを設定する段階からご一緒させてもらっているので、パッケージのメッセージを考えるのは実はすごく楽に感じたんです」

石島 「他より楽に感じていたんですか?かえって難しいのかと思っていました」

木村 「もちろん山後部長と会話を重ねて膨大な時間と労力は使ったけれど、不思議と生みの苦しみよりも楽しみのほうが強かったんです」

石島 「商品に感情が入りすぎると自分の主観が入り込みすぎてしまうとことがあるかと思うのですが、どのように人に受け入れられるメッセージを考えていくのでしょうか?」

木村 「ライターである前提として、誰が読んでも分かる文章を書くことが必要なんですよね。より正しい情報が伝わる文章を書くことが癖づいています。ただ、この商品に関しては、単体で愛を持って関わっているので“愛でてどう伝えよう”ということはたくさん考えていたかな。自分の想いは乗っているけれど、他方ですごく客観的には見ようとしていたかもしれないです」

石島 「これまで客観的に書いてきた経験と、まどろむ酒器への想い入れがあったことが相乗効果となって木村さんを突き動かしたんですね」

木村 「それから、「うっとり」とか「ゆるり」などの単語一つにとっても、伝えたい情景を共有しながら「これで大丈夫ですかね?」って山後部長と2人でかなり細かく考えてすり合わせました」

「憑依させて書く」という技法

木村 「誰かにインタビューをして文字にするときは、自分に対象者を憑依させて文章を作ることが多いです。インタビュー中は前後の話の流れで言葉を省略してもお互いに理解できて会話が成立していることって多々あるんです。それをそのまま文字にすると内容が薄くなったり、思いが伝わらないことがあって。文字にまとめる際は、自分の中でインタビュー対象者を憑依させて文章を書くことで、真に伝えたいニュアンスが伝わるように心がけています」

石島 「対話を通してこちらが見えた世界を、背景や文脈を知らない読者に文字で伝える必要があるのですね。確かに、コラムの文字起こしや編集をしていてもその点苦労することがよくあります」

木村 「でも、まどろむ酒器のパッケージは情景が思い浮かぶように心に寄せるくらいのちょっとした短い文字量じゃないですか。だから、インタビューのように憑依させる感覚とはまた違っていたように思います。難しいけれど、大変ではなくて楽しいという感覚でしたね」

石島 「必要とされるものにひたすら応えるこれまでのやり方とはまた違った、頭を使って考えて愛でているもの売り出すような経験、私もしてみたいです」

木村 「人やものを理解するために考えを巡らせるという思考のプロセスが私は好きで。 まどろむ酒器は初期段階から関わらせてもらえて、ありがたい機会をいただきました。山後部長とのやりとりのなかでしっくりくるものって何だろう?ものづくりの目線から見たらどう見えるんだろう?とか探っています。ある意味、長期にわたって山後部長にロングインタビューをしているみたいな感じなのかも(笑)」

石島 「その例えすごく分かりやすいです。その過程のなかで山後部長の人格も木村さんのなかに取り込まれて、「山後部長だったらどう考えるかな」ということになるんですね」

木村 「どう考えるだろうかとか、どんな言葉が適しているのかなというのも、会話のなかのワードがこちらに落としこまれているのかもしれない。インタビューとは違うと言ったけれど、長い目で見ると、長期にわたるインタビューの中で、相手を自分のなかに憑依させて考えるというやり方は共通しているのかもしれないです」

最終章「言葉の持つ力③」はこちらから
前章「言葉の持つ力①」はこちらから