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  • 2024.07.19
  • 特集

Bar Strainerをつくる

「医者は体を バーテンダーは客の魂を預かってるんだ。だから絶対に裏切っちゃいけない。」

城アラキ原作の漫画『バーテンダー』に登場するセリフです。日常から切り取られた空間・時間を求めて人はバーに訪れ、バーテンダーは訪れた人をその世界にいざなう。世界共通でありながら「外食」の中でもひときわ特別なお店の形です。この世界で使われる道具の一つにもストレーナーがあります。スリースノーは初めてバーツールの一つである「バーストレーナー(バーズネスト)」を開発しましたが、今回のお話はその開発のきっかけを作り、伴走してくださっているSalon de fableの菅野さんとのお話です。 

菅野登仁雄さん 
東京・赤坂のサロン「Salon de fable」店主でありバーテンダー。前職でサントリー(株)グルメ開発部に従事していた頃からスリースノーとのやり取りが始まり、バーストレーナーを共同開発。お店のバータイムはフレーバ―チューナーを使った「コーヒービール」やバーストレーナーを使って様々なフルーツカクテルが楽しめるほか、昼間のカフェタイムは軽食やコーヒーが楽しめる。 

聞き手:山後隼人(新越ワークス スリースノー事業部) 

Salon de fable


山後「最初に菅野さんのお店に入った時、余計なものが置いていない空間がとても印象的でした。そもそもSalon de fableの店名の由来をお聞きしたいです」 

菅野「”何屋だか微妙にわからないようにしよう”っていうことをまず決めました。名前についてもですし、お店のディスプレイもお酒のボトルをあえて並べないスタイルにしています。何者でもないっていったらじゃあ何かなというと、要は作った人やこれまで使ってきた人が思い浮かぶような、人の感じのわかるものかなと」 

山後「何屋なのかをはっきり言わないという考え方は興味深いですね」 

菅野「この世界って色気もあるし、若干夜の世界の怪しさや不思議な感じがある世界じゃないですか。なんとも明るくて綺麗だけど、薄く靄がかかっているような世界というか。 

うちの場合、お店の設えや提供するものは先に決まっていました。グラスやカップは少しクラシックな感じがもともと好きで、家でも集めていたんですよ。ウイスキーでいうと、1980年代のものをコレクションで持っていたりとかしていて。こういう要素ってひっくるめると何なのかなって考えたんです」 

山後「なるほど、境界があいまいな感じですよね」

菅野「そんな境界があいまいな感じが僕の家内も好きで。そんな世界ってどう表現できるかなって考えていろいろ探していたときにfable(ファーブル)の本(※フランスの寓話)にたどりつきました。服を着た狐の挿絵が描かれていたりとか、話も教訓めいた内容になっていたりとか。人間の欲もあるし、うまくいったり悪くなったり不思議な世界ですよね。色気のある世界だし、まさにfableの挿絵のようにある程度同じ方向の世界観で表現できるなって。 

店の名前の読み方は「ファーブル」でも「フェーブル」でもどちらでも良いです。英語とフランス語が混ざっているのって変な話だけど、カクテルですしいいかなと思っています。そういうことも含めてファジーにやっています」

山後「曖昧だけどあたたかい温度は確かにありますよね」 


菅野さん、バーの世界へ

山後「このお店を初めて1周年たったということで…」

菅野「開業が2023年4月22日ですね」

山後「このお店を思い描いていたのはいつからですか?」

菅野「前職(サントリー(株) グルメ開発部)に入った時からですかね。意外と思われるかもしれませんが、同僚にはバーテンダーやシェフが多くて、将来お店を自分で持つことを目標にする人たちが多かったんです。そこにいたメンバーは店舗経営に関するいろんな知見をつけようという感じでした。実際にお店の構想を練ったのは4年前くらいですかね。家内とやりたいことを相談して。子供が産まれたので深夜は営業しないとかね。語弊があるかもしれないですけど、住宅地の中で健全な見せ方のバーがやりたいという想いで開業しました」

菅野登仁雄さん

山後「前職のサントリーさんに入ったときからお店を持つことを意識していたということですが、もともとお酒は好きだったんですか?」

菅野「そうです!バーテンダーになるきっかけになったのは、やっぱり人生史上一番はまったのが「お酒」だったということ。男の子って若い時いろんなことにはまるじゃないですか。僕もそうだったのですが、そこまではまるものってなかなか見つからなくて。東京で大学生活しながら池袋のパブやバーでアルバイトしていました。そんな生活のなかで一番はまったのがお酒でした」

山後「お酒のどんなところが一番魅力ですか?」

菅野「深いじゃないですか。掘れば掘るほど深く歴史もあるし、新しいものも生まれる。日本だけはなく世界中にあって、幅と深さがある世界だっていうのがはまりましたね。あとは僕も飲めるクチだったので(笑)たしなむのも好きだし、友達と話しながら飲むのも素晴らしいと20歳ぐらいのときに経験をしてはまっていきましたね」

山後「お酒にまつわるいろんなものをそこから勉強していったという感じですね」

ザル屋と出会う

山後「僕らもザル屋ではあるけど、グラスなど日本酒関連の商品もある。日本酒の販促をするときに日本酒の勉強したことがありますが、掘っていくとものすごく深い歴史がありますよね。お酒の一辺からお酒の面白さを感じました。当時お酒のプロダクトはほぼなかったのですが、菅野さんに最初見つけていただいたのがフレーバーチューナー(※生ビールにフレーバーをつける器具で2019年に発売開始)でした。どうやってフレーバーチューナーを売り込んでいこうかなって考えていたときに、菅野さんに深く具体的なところまで教えていただきました」

菅野「そうでしたね。前職ではもともとプロパー社員がいるところに僕らバーテンダーみたいな人が雇われて、お酒の中身とか飲み方の開発にも関わっていました。フレーバーチューナーについては、ビール事業で新しいお酒の飲み方の開発をしていたころに出会いましたね。こんな道具があったらいいなって探したところで、新越ワークスのフレーバーチューナーにたどり着いたんですよね」

山後「それはとってもタイミングがよかったですね(笑)そのあとにバーストレーナー(※バーテンダー専用の円錐型ストレーナーで2023年に発売開始)の話も出たんですよね」

菅野「そうそう、そのときに「実はうちザル屋なんです」って話を聞いて。「へー、そうなんだ、網なんだ。じゃあこういうストレーナーってないですかね」って話を投げかけましたよね(笑)。

以前銀座でバーテンダーをしていたときに使っていたストレーナーがあまりいいものがなかったので、もっと良いものがないかなという課題意識がずっとありましたね。たまたまアメリカで仕事をしたときに理想のイメージと近いプロダクトが見つかったんですが、そのストレーナーにも課題感があって。山後さんに話してみたのがはじまりだったと思います」

ストレーナーの課題

山後「菅野さんのお話を受けた時にとても印象に残っているんですが、最初からメッシュの細かさまではっきりと希望の仕様が決まっていたのでびっくりしました」

菅野「そうですね。それまで使っていたストレーナーは日本全国のバーテンダーの人たちによく使われているものだったのですが、粗すぎて取り回しが悪かったんです。バーストレーナーとして専門に開発された器具でもなかったですし。もっとバー専門のストレーナーがないかっていう相談をしたっていう感じでしたね」

山後「なるほど。純粋に疑問に思っているのですが、細かく濾せる=ドリンクのクオリティに関わるっていうことになるのでしょうか?」

菅野「そうですね。果肉が入るカクテルなので、一番大事なのが舌ざわり。美味しいところだけを抽出したいっていうバーテンダーの思いがあります。ただ細かければいいのかって話に聞こえるけど、細かくすぎると濾すのに時間がかかってしまう。一方でちょうどいい果肉感、舌ざわりも残したい。メッシュの大きさにこだわったのはまさにそういう背景があったからですね」

山後「それまではどんなストレーナーを使っていたのでしょうか?」

菅野「これ(粗目のメッシュの半球型のストレーナー)を使っていた。少し繊維が多く残ってしまうかなっていう感じ」

山後「すると、もう一枚網をかませる(2度濾しする)ってこともあるのでしょうか」

菅野「それはしないですね。提供までのスピードも大事ですし。フルーツカクテルってけっこう時間がかかるので、2度濾すというもう一工程はさむのは現実的ではないなって」

山後「確かに見ているとフルーツをつぶす工程から入っていますよね。カクテル一杯にけっこうな手数がかかっているのですね」

菅野「そうですね、お客さまに一分でも一秒でもはやく提供するという課題は常にあります」

山後「なるほど。この粗目のストレーナーと、もう一つメッシュの細かいタイプを見せてもらったんですよね」

菅野「そうそう。製菓用のものはあったけど、サイズが小さいこととメッシュが細かすぎる点が果実には向いていなかったんです」

山後「形についても最初から理想がありましたよね」

菅野「さっきお話ししたように、アメリカで見たストレーナーは参考になりました。この円錐型の形状によって果実が効率的に落ちていくのです。それからもう一つバーで使う道具で大事な要素として、家庭用の調理器具とは違って一個一個「色気」があるものを選びたい」

山後「色気ですか…」

菅野「たとえば、味噌こしみたいなものだとちょっと色気がないですよね。バーって対面で作っている姿もエンターテイメントの要素も求められるので、器具の一個一個のディテールや見え方もスタイリッシュなものが求められる。シュッとしていてスタイリッシュであることがバーのツールに求められる一つの要素なのだと思っています」


自店Salon de fableの開業、そして時を同じくして開発されたバーストレーナー。それぞれの物語をもっと深掘りしていく内容は第二章以降へと続いていきます。

Interview and Text: Hayato Sango (ThreeSnow)
Transcribe: Shizuku Ishijima (ThreeSnow)
Edit: Mayuko Kimura
Photo: Kakeru Ooka

続章)第二章「Bar Strainerの条件」
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