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  • 2024.07.21
  • 特集

バーカウンターの向こうから見える世界

道具について掘り下げてきた前章までにお話に続き、最終章となる今回のお話は菅野さんが普段見ていること、考えていることについて掘り下げていきます。道具を作る私たちもそれを使うバーテンダーさんが見ている景色を追体験したことはありません。バーカウンターから見える世界はいったいどんなものなのでしょうか。

菅野登仁雄さん
東京・赤坂のサロン「Salon de fable」店主でありバーテンダー。前職でサントリー(株)グルメ開発部に従事していた頃からスリースノーとのやり取りが始まり、バーストレーナーを共同開発。お店のバータイムはフレーバ―チューナーを使った「コーヒービール」やバーストレーナーを使って様々なフルーツカクテルが楽しめるほか、昼間のカフェタイムは軽食やコーヒーが楽しめる。

聞き手:山後隼人(新越ワークス スリースノー事業部)

「予定調和のない舞台」

山後「お客さんの立場からしか自分は見えないんですが、バーカウンターに立たれている目線からはどんな世界が見えているんですか?」

菅野「バーというのは面白くて、毎日何が起こるかわからない。舞台を見ているような感じです。毎日いらっしゃるお客さんも違うし、同じお客さんでも日によっていろんなテンションがあるし、別のお連れ様がいらっしゃることもある。予定調和なことはなくて毎日違うことが起こっている。一つの舞台をこちら側からも見ているような感じです」

山後「面白いですね」

菅野「居酒屋でもスナックでもなくて、ちょっと襟を正して非日常な時間を過ごすために足を運ぶような空間。それがバーの良いところなのだと思っています。単にお酒を飲むだけではなく、なにか付加価値を求めて来ている。その意味では、実はお客さんの側も舞台の演者であるかのように見えています」

山後「”舞台”という表現がとても興味深いです」

菅野「お客さん側からはこちら(バーカウンター内)が舞台に見えるかもしれないですが、実は私の場所からはお客さん側も舞台になっている。そこにいるお客さんもお店の構成要素なのです。だからこそ、お客さんがその日に求めている空気を守ることが大切だと思っています。

例えば ”今日は話しかけられたくない” という気分でいるお客さんがいれば、こちらがある程度コントロールします。おいしいお酒を提供するのは当たり前として、バーテンダーは場のコントロールが求められる。「バーキーパー」という言い方もされますね」

山後「バーキーパー、なるほど…」

菅野「カウンターで横並びのお客さんがいたとして、片方のお客さんが話している話題が隣の方にとっては嫌な話だったりする。そのような時には直接「やめてください」とは言わず、さりげなく話を変えるようにする。バーテンダーに求められる気配りですね」

山後「バーテンダーさんに求められる資質というのは相当なコミュニケーション能力なのですね」

菅野「そうだと思いますよ。私は銀座で働いていたときに身に着けましたね。これができないとホステスさんに怒られますから(笑)」

山後「ものすごい気遣いというか気配りですよね。だから「居心地がよかったな」とか「今日この時間を過ごしたいな」ってまたお客さんが来るのですね」

菅野「そこがバーの世界の面白さ、一つの側面かもしれませんね」

山後「カウンターの中であれだけ忙しく手を動かしながら、同時にお客さんにも気を配るというのがすごいことだなと」

菅野「目も耳もそばだてて、どこでどんな状況が起こっているのかはある程度把握するようにしていますね。もちろんアクシデントや予期せぬことが起きることもあるけれど、全員が満足して帰れるようにコントロールするのがバーテンダーの仕事だと思いますね」

山後「本当に面白いですね…まるで音楽の指揮者のようです」

所作は技術から出るパフォーマンス

山後「とても素朴な質問なのですが、カクテルを作る時のバーテンダーさんのモーションが独特だなといつも思っているのですが、こちら(お客さん)に魅せるという要素があるのでしょうか」

菅野「ありますね。”おいしく見せて楽しませる”というのも僕らの仕事なので。お寿司屋さんがいい例で、包丁一つ、握り一つに気を遣ってお客さんに見せている。だからおいしそうに見える。バーテンダーも全く同じ感覚だと思います。シェイカーの扱い方は人それぞれあって流派みたいなものはありますが、その型に基づいたモーションするもいれば、自分の作りたいものに合わせてどう動かすかをロジカル的に考えてモーションする人もいますね。液体の温度、空気の入れ方、それらをどう持っていくかを考えながらやっているので、パフォーマンスだけではないっていうのが本当のところですね」

山後「なるほど、カクテルをつくるときのモーションもベースは”技術”。やっぱりいろんな複合要素がはいっているわけですね」

引き出しの増やし方

山後「いま技術の話をされましたが、私が(いつも)カクテルを頼むといろんなものを組み合わせて作ってくれますよね。あれは例えば「旬の食材が来たからこれを使おう」とか、その時々で考えながらレシピを生み出すのでしょうか」

菅野「そうですね。僕のところはフルーツカクテルがメインなので、フルーツとお酒の組み合わせで決めていきます。ミクソロジー(Mixology)と呼ばれる分野の特徴で、フルーツとスパイスやハーブを掛け合わせてカクテルを作っていくのですが、そこから先はファジーにしていますね。お客さんによって(度数)弱めがいい人であれば、ショートカクテルでも少し果汁を多くして仕立てたり、シナモンなどのスパイスの香りが苦手だということが話していくうちに分かったら別のものにしたりと、会話のなかで好みを拾ってご提案できるようにしています。それゆえに全部は決め込んでいません。

果物の旬は一年を通して変わっていくものなので積極的に使いつつ、会話していくうちに見えてくるお客さんのお酒の好みと合わせていきます。そのなかでマニアックというか、アクセントを少し加えてみる。ウォッカに日本酒を加えて香りを足してみたり、ジンのカクテルにウイスキーを足してみたりだとか。理にかなった中でしかやらないですが「僕にできること」を重ねて提案しているという感じですね」

山後「その「僕のできること」という引き出しをつくるのは、自分で作って試して増やしていくのだと思うのですが、すごい数を持っているのですね」

菅野「もちろん一朝一夕でできるものではないし、修行中の身でインプットしたことが引き出しに入っているものもある。それとは別に、日々の営業の中で試し打ちをさせてもらってもいます。「絶対にこれとこれは合うな」という組み合わせのなかで、試しにやってみようかなって出してみて、お客さんの反応を見てみる。それをまた自分の引き出しに入れていく。 この仕事のいいところは、自分の提案に対してお客さんのレスポンスがその場でわかるということですね」

山後「年々自分の引き出しの数が増えていくし提案できる数も増えていきますね。言ってみれば、本棚の本が増えていって「あなたに合う話はこれです」っていう風に提案できるような感じですね」

菅野「そうですね。あとは新しいもの、最先端のものをどんどん入れていくことですね。そうでないと新しいものを生み出せなくなる。どんな仕事でもそうだと思いますが”学んで吸収し続ける”というのはマストですね」

山後「レシピも、道具も、機械に対してもですね。ずっと学び続けていく。非常に面白いです」

定点を決めて飲むバーの楽しみ方

山後「ちょっと質問を変えますが、バーに来ることに慣れていない人が来るとしたらどんな楽しみかたをおすすめしますか?」

菅野「いま、お酒を飲む人自体が減っているので、あくまでいろんなお店に行ってもらいたいという視点で話すとすれば、一つにはクラシックカクテルの面白さがあります。例えばジントニックやジンフィズとかだとわかりやすいですね。基本的に決まったレシピがあるのですが、それぞれのバーテンダーの解釈で微妙なバランスが変わります。ジンのセレクト、バランス、シェイクの技術、最後に炭酸を注ぐ技術とか。小さな違いではあるのですが、一つのカクテルでもお店によって相当に違う感じを受けると思います」

山後「同じ名前のカクテルでも表情の違いがわかるということですね」

菅野「定点観測のように「バーに行ったら一杯目にこれを飲む」と決めていくと、自分の味の好みが次第に分かってきます。そうしていくと自分の好みの味を出してくれるバーがお気に入りのバーになる、ということもあると思っていますね。

あともう一杯楽しめるなら、2杯目はそのお店のおすすめを頼んでみる。バーは基本的にそれぞれに違いがあるので、その特色を味わってみるのがいいと思いますね」

山後「一個の定点を決めて、そこを起点に飲んでみる。なるほど、やってみたいですね(笑)」

菅野「バーって入りづらいけど、入ってみると実は皆さん優しい。だったらもっと入りやすくしてくれよと思うかもしれないけれど、付加価値と言いますか時間や空気を売っている部分が大きいので、誰でも入りやすいようにしてしまうとコントロールが効かないのです。これはどこのバーでも言えるのではないでしょうか」

山後「特別な場所だからこそ、お客さんが「バーに行こう」というテンションで行くようになるということですね。東京という場所は一定の面積の中にそういったバーがちょこちょこあって楽しいですね」

店主の居場所

山後「今まさにいろいろチャレンジされていると思うんですが、これからやりたいことってありますか?」

菅野「まず一個絶対に決めているのが、バーは増やさないっていうことですね」

山後「自分の持つお店をですか?」

菅野「そうですね。スタッフが増えて独立していって、その子のカラーでやるバーとして新しくお店ができることはあるかと思います。でもSalon de fableを増やすことはしません。それは、店主こそその店のカラーでファンを獲得する主体だと思っているからで、店主不在の箱だけのお店は成立しないと思っています。だからといって同じ店の営業だけをやり続けるわけではなく、月に何度か開発関係の仕事もいただいています。自分の技術を、形を変えながら使う機会があればおもしろいなと思っています」

山後「居所はここだけど、それを応用させるということですね」

菅野「バーに行く人って少なくなっていると思うんです。今日も話しましたが、バーの世界には技術とか結構深いところがあって。それが限られた世界で終わってしまうことがもったいないなと思っています。それが形を変えて応用されたりとか、バーの世界に入るきっかけになったりしたらいいなって思います」

山後「なるほど、いいですね!ここ(コロナ禍が終わる)まで飲食業界が苦しかったなかで自店の営業を考えることで一杯になりがちな時期だったと思うのですが、その外側に向かっている視点を持たれていて素晴らしいなと感じました。今後の展開も楽しみです。今日はありがとうございました!」

人々が行き交う街にあり、人々に癒しを与える場所であり続ける。古今変わらずバーという世界に人々が酔いしれる裏側には、たくさんの「舞台装置」とも言うべく構成要素がありました。そのひとつひとつが店主に結びついており、その店独自のカラーとなっていくことを菅野さんの言葉から教えられました。道具も一つの舞台装置。バーという空間を共創するために、これからもその挑戦を追いかけていきます。

Interview and Text: Hayato Sango (ThreeSnow)
Transcribe: Shizuku Ishijima (ThreeSnow)
Edit: Mayuko Kimura
Photo: Kakeru Ooka

前章)第二章「Bar Strainerの条件」
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