平ザルの哲学③:オペレーションから考える
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大人気店のラーメン屋が次から次へと客を捌いていく。
その能力はどこに起因するのでしょうか。最終章では暁天さんのその考え方を分析していきます。
細貝貴之さん
株式会社細貝食品の代表取締役であり「手打ち麺処 暁天」(新潟県小千谷市三仏生)店主。「細貝ブラザーズ」で知られる細貝兄弟は、兄・貴之さんが「暁天」、弟・勝也さんが「勝龍」を営み、新潟県のラーメン業界をけん引する存在として、県内外から幅広い支持を集め続けている。両店で使用する麺やスープなどの食材をセントラルキッチンのある(株)細貝食品で製造・加工している。主に暁天では「スパイラル麺(別称:暴れる麺)」と呼ばれる弾力と食べ応えのある麺を看板に人気を博している。
聞き手:山後隼人(新越ワークス スリースノー事業部)
麺茹での条件
山後「僕らはザル屋なので「茹でる」工程がメインのテーマです。一般的には気にするのはゆで時間だと思いますが、暁天さんではどんなところに気をつけていますか?」
細貝「やっぱり火力・温度だね。それからお湯の質。最近はあまり見なくなりましたが、茹で麺機のお湯が茶色くなっているところも見かけます。その粘度の高いお湯というのは沸騰していても100℃になっていない。スープも同じですね。例えば同じ麺量を3分茹でたとしても2つの湯の条件では全然違う。きれいなお湯で茹でる方が断然よく茹で上がります。
温度条件で言えば麺を投入する瞬間にも湯の温度は変わります。例えばてぼに6玉分一気に入れるとわかりやすく温度が下がるので、その点も考慮して麺を投入したり茹で時間を調整する必要があります」
山後「確かにそうですね」
「てぼ」か「平ザル」か:道具とオペレーション
細貝「太さに注目すると「太麺 = 麺の断面・側面の表面積が大きい」ので、お湯が浸透するのに時間がかかります。逆に細麺は浸透しやすい。そのゆえに鍋のなかで麺が泳いでくれることで太麺でも茹でやすくなります。うちみたいな手打ちの太麺もそうですが、生のうどんで例えるとすごく分かりやすいですよね」
山後「そうですね、これは基本的な茹で方の原理ですよね。麺の「対流」の観点で言うと鍋の中で自由に麺を泳がせる平ザル式が優位にも思えます。てぼで茹でると食数が限られるといった課題もある中で、平ザル式が良いという見方もあると思いますがいかがでしょう」
細貝「そこは店のオペレーションによるものだと思いますよ。平ザルを持っているお店は必然的にそれに合わせたオペレーションになっていくので、その時点で優劣はない。(平ザルとてぼの)両方メリット・デメリットがあって、例えば1種類の麺を一気に茹でるなら平ザルの方が効率良いですが、2種類以上の麺を扱うなら茹で時間に差が出るのでてぼの方が効率よく回せるかと」
山後「確かに麺の種類がいくつかあれば、茹で時間をそれぞれに管理する必要が出てきますね」
細貝「道具がてぼなら、てぼに対するオペレーションがあります。それに合わせてオペレーションを調整していくのは店の側。平ザルも同じです。だから道具のせいにしちゃいけないんです。道具の特性を活かすためにオペレーションをどう工夫するかというのは常に店に問われています」
厨房設備と道具
山後「道具から考えるという方法の他には、機器・茹で麺機から考えるパターンもあると思いますが、いかがでしょう」
細貝「(道具・設備)両方大事ですね。ただ今思うのは、機械・設備もハイスペックになりすぎている節があって、昔のモデルにはなかったような機能や弁などがたくさんついていて、一部分が故障するともはや自分たちでは修理ができないという懸念もあります。例えば券売機のタッチパネル化。あれは人間で言う心臓・脳の部分と操作盤が同じ場所にあるので、あの部分が故障するともうダメなんです。昔はビルバリ(紙幣処理装置)が別々にあって、故障した部分だけ取り替えれば良かったんだけどね。便利になっている面もあるけど、機械にかかる負荷や処理量は確実に高くなっている」
山後「券売機もそうですね。機械の高スペック化も考えようによりますね」
道具はメインに考えない
細貝「道具も絶対大事ですが、「道具を先に考える」っていうのはどうかな…。同じように店がハコを先に考えちゃうと、そこから先の挑戦がなかなかやりにくい。道具を「メイン」に考えちゃいけないと思っています」
山後「そうですよね、自分たちが出したい皿、味やコンセプトが先にあって、そこから道具を選ぶという話ですよね」
細貝「本当はそういう考え方がいいんだろうけど、そこまでするのはなかなか…。てぼを使っているお店の人がすぐに平ザルを使えるかっていうと難しい。自分も普段平ザルを使っているので、てぼのお店の厨房に入らせてもらってもてぼなんて振り回せない。天空落としが流行った頃に真似したら麺がどっか飛んでいった(笑)」
山後「確かにそうですね。うちの社員にもてぼを使わせると初めはみんな麺が飛んでいきがちです(笑)」
細貝「そうでしょ。業界では平ザルを使う人の数は減少傾向にあって、ほとんどの店舗がてぼになっているっていう話もよく聞きますが、そういう互換性のない難しさはあると思います」
厨房に立ち続ける体であるために
山後「ラーメン屋さんにとっての体の負担と体力という視点では、どこが一番疲労するもので、どこを一番鍛えないといけないものなのでしょうか?」
細貝「みんな言うのは腰・首・肩だよね」
山後「やっぱり関節周りなんですね」
細貝「そこって体幹から直接つながっているところで。人それぞれですが、肘とか手首とかより、その辺りの話を聞くことが多いですね」
山後「ゆで麺機の高さはだいたい決まっているし、自然と姿勢が決まってきますもんね」
細貝「そうですね、だからといってゆで麺を安易に高くするのも良い解決策ではないですよ。かえって危なくなってしまいますし」
山後「だからこそけっこう普段の姿勢を気にしていないと、体への負担が余計にかかってくるってことなんですね」
細貝「体に負担がかかるということ自体は仕方ないですが、痛みや疲れに鈍感になるのは怖いですね。例えば新人の子が入ってきて厨房の床が斜めになっている環境で足に疲れを感じるのに対して、自分とかは慣れているせいでその違和感に気づかないとか。てぼも振るのに力いらないのに、ガッチリ握って振っていると動作も遅くなるし腕にも疲労が溜まる。そういうサインを感じられなくなると体への負担は知らない間に増えていきますね」
山後「なかなかラーメン屋さんでボディーワークをそこまで勉強されている方ってあまりいらっしゃらないように思います」
細貝「なかなかいないと思いますね。自分もまだまだ勉強したいと思っています。自分にも師匠と呼ぶ人がいますが、いつも「脱力」が大事と話しています。筋肉で動作していくのではなく、姿勢や呼吸と合わせてしっかり体幹で動いていくことを心がけています。呼吸できてうまく脱力できていれば、力を入れなくても済む」
研究は続く
山後「そう考えると道具の在り方も変わるような気がしますね。強く握っても滑っちゃうから滑り止めの機能を強化する、とかそういうことでもなく」
細貝「そうだよね、自分も昔はすべらないように持ち手にタオルとか巻いていた。でも強く握らなくてよくて、ほんとは軽くふんわり持てればいい。でもどうしても握っちゃうからね。ずっと落とさずに持っていられるような「道具の持ち方」を自分で工夫したほうがいい」
山後「これからも研究し続けることと思いますが、目指しているゴールみたいなものはあるのでしょうか」
細貝「いつまで厨房で元気に動けるか。俺はそれが一番だし、俺らの世代はみんな同じことを考えていると思う。そのために自分は運動したり散歩したりしてます。正しく二足歩行できることも全ての動きに共通すると思っているので。プロのための努力をどこでどうするか、これが大事。自分の体を理解し努力していくことで、10年後も20年後もラーメン屋で頑張っていられるかもしれない。自分はそうなっていたいと思いますね」
細貝さんは言います。「厨房が俺の晴れ舞台」であると。
厨房で平ザル片手に動き回る細貝さんは、料理人であり「演者」です。カウンターの向こうにも届くそのエネルギーは見るものを圧倒する力がありました。
厨房での日々の研究は個人の進化となり、お店の進化につながっていく。私たちの胃袋と心の拠りどころであり続けられるのも、長く「晴れ舞台」に立ち続けるための知られざる努力の蓄積があるおかげ。厨房という空間で起こる様々なこと、そこに立ち続ける人のことを、細貝さんとこれからも一緒に探求していきます。
Interview and Text: Hayato Sango
(Transcribe: Shizuku Ishijima)
Edit: Mayuko Kimura
Photo: Kakeru Ooka
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